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六月分簡素読書感想

2011年7月31日付け。

白取春彦編訳 『超訳ニーチェの言葉』(6月1日読了)
山田悠介著 『魔界の塔』(6月4日読了)
太宰治著 『走れメロス』(6月5日読了)
柴村 仁著 『プシュケの涙』(6月5日読了)
夏目漱石著 『こころ』(6月10日読了)
時雨沢 恵一著 『夜が運ばれてくるまでに』(6月11日読了)
三島由紀夫著 『潮騒』(6月14日読了)
柴村 仁著 『ハイドラの告白』(6月16日読了)
柴村 仁著 『セイジャの式日』(6月18日読了)
石田衣良著 『てのひらの迷路』(6月25日読了)

再読は太宰治著 『走れメロス』、夏目漱石著 『こころ』のみ。

感想は続きからどうぞ。

白取春彦編訳 『超訳ニーチェの言葉』(6月1日読了)
ニーチェの名は知っていただけで、その言葉の概念はよく分からなかった。
読んでいて、とても「ああ」と思ったけれども、親しみやすい哲学を選りすぐり過ぎたな、と思う。
そういう本なのだろうと思うのだけれど、一般に哲学を沁み渡らせるためのものなのだと思うのだけれど、この哲学的探求を、食べやすい形で届けられるのも。もっと、他のニーチェの本を探すべきだった。

山田悠介著 『魔界の塔』(6月4日読了)
友人に貸し出され、成り行きで読むことになった。この方の年齢は分からぬけれども、きっと、多分、若いのだろう。じゃなきゃ、こんな文体緩すぎる。
いつもいつも思うのだけれど、何故この方はこんなにも支持されているのだろう?
内容はテレビゲームが好きな私にはなかなか興味深くもあったが、主人公に好感の欠片もない。

柴村 仁著 『プシュケの涙』(6月5日読了)
ツイッターにて仲良くさせて頂いてる某方の影響で購入。美しい表紙イラストが印象的。
文体は好みではない。物語の造形も少し何かが違う気がする。けれども、救いがない。この一点に私は惹かれた。
確かに、この物語の中には、救われた人物も、救えない人物もいるだろう。けれども、彼女の蝶の造形が私の中に引っ掛かり、特別な形になったのも確かだった。

時雨沢 恵一著 『夜が運ばれてくるまでに』(6月11日読了)
すぐに読めてしまった。なんだか、全体的に哲学の皮を被った説教という感じ。
優しく温かみのあるイラストと、親しみやすい文体で、これは子供向けなのかしら? とも思ったが、しかし、語っている事は大人に向けているような気もする。いまいち、誰に向けた言葉なのか、分からないものもあった。
つまり、小説よりは詩集、絵本という表現の方があっている、という印象の本だった。

三島由紀夫著 『潮騒』(6月14日読了)
母から聞いた、彼のテレビの中での活動を私は根っこの部分に持っていて、なんとなく恐ろしい物語の造形を想像していたけれども、すぐにそれは崩れ去って、そこに清々しさ(とはまた違うか)に似たものが舞い込んできた。
つまり、最初に触れた彼の物語がこれで良かったな、という。解説に言わせれば、この作品は珍しいのだという。
他の作品も、読んでみるしかあるまい。彼女たちの爽やかな恋模様を、純粋な勇気の形を感ぜられたのだ。

柴村 仁著 『ハイドラの告白』(6月16日読了)
プシュケの続編。前半部分は思うところが色々ある。
「それ」は果たして、狂気なのか、愛情なのか、何なのかということについて。私は、それを狂気だとは思わない。つまり、寂寥が恐ろしいという事による独占欲。恐怖心。それが彼を異常な行動に駆り立てた一番の原因だと思う(作中でも語られている)。それは狂気か? 誰にでもあるもんだと思う。愛情では決してない。それが愛だとしても、それはただ、自分にだけ向けられる。そうかもしれない。
それから、後半は、正直、あまり印象に残らなかった。語り手の独りよがりが目立つ感じだ。彼女はプロとしてその活動に向いていない。それに尽きる。他のアプローチを考えてみてはどうだろう、と思ったくらい。

柴村 仁著 『セイジャの式日』(6月18日読了)
三部作最後の作品。全ての作品において、ただ、由良の心情だけは語られる事はなかった。ただやっと、彼の思いの片隅の輪郭を垣間見た、というだけ。それは多分、本心なのだろうけど、「何を考えて」そう思ったかまでは分からない。果たして、彼は彼女に対しどう感じていたのだろう? 単純な愛ではないはずだ。
作品に対する狂気、愛情、そんな歪な物語をライトに描き、そして、最後まで救われる事のなかった人物に感謝を。

石田衣良著 『てのひらの迷路』(6月25日読了)
古本屋で偶然出会った。この方の小説に触れるのは初めて。色々興味深い話が多かった。けれども、しかし、話の最初に先入観を持たせるような文を持ってくるのはどうだろう? どうしても、そう思い込んでしまうじゃないか。最後に持ってきてくれたら、もっと好感が持てただろう。物語は作者の意図どおりに受け取らせるものじゃないんだから。
足と手の話が一番印象的。それは、もちろん、某作家の影響だからだ。純粋に。
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テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

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